スクリャービンの作品はほとんどが、ピアノ曲とオーケストラ曲に分類され、初期は「ロシアのショパン」と
呼ばれるようなロマンティックな作風でしたが、中期から後期にかけては、神秘主義的な作風へ変容して
いきます。変容していく要因には、1891年にスクリャービン自身が右手を痛め、ピアニストとしての挫折・絶
望感から宗教や神智学へ傾倒していった事があげられると思います。
スクリャービンは色聴の感覚を作品で表現しようと試みました。調性によって色彩の変化を図る、すなわち
「色彩と音楽の融合」です。この前代未聞の試みは、今にして見ると、照明技術が発展途上にあった時代
の舞台演出のひとつに思われますが、そこには単なる演出効果を越えた神智学的なイデーが込められて
いました。“色彩”や“匂い”までも音楽に取り込みたいと考えていたらしく、“色彩”には最後まで拘り続け
ました。スクリャービン研究家の野原泰子氏によれば、「スクリャービンは画家のデルヴィルの様々な絵画
から色彩に対するイメージを得た可能性が高い」と考えています。
スクリャービンが1910年に作曲の「交響曲第5番」作品60「プロメテ - 火の詩」別名「光の交響曲」では
色彩を積極的に取り入れ作り上げられています。この曲の初演では、スクリャービンのために“色光ピアノ”
−C(ハ)=赤・Cis(ハ♯)=すみれ色・D(ニ)=黄色・・・・・という具合にその鍵盤を押すと音ひとつひとつ
異なった色が発光して舞台を照らす仕組―が開発され、様々な色彩とその組み合わせの照明を鍵盤に
よって操作できる予定であったが、故障が起きて利用することができなかったのです。
現代では、実際の演奏では色彩ピアノの代わりに、ピアノ+照明または、MIDI電子キーボードと照明装置
を組み合わせることで代用されることが多いです。この色光ピアノパートは楽譜の最上段に五線譜で記載
されています。色彩的な光の饗宴、前衛的ですね。
ハ調 赤
ト調 オレンジがかったバラ色
ニ調 黄色
イ調 緑色
ホ調 青色、白みがかった
ロ調 ホ調に似ている
嬰ヘ調 青、鮮やかな
変ニ調 スミレ色
変イ調 紫がかったスミレ色
変ホ調 メタリックな光沢を持った金属的な色
変ロ調 ヘ調赤、黒ずんだ
調性の配置の書き方については、五度圏の規則性が目につく。色は、ただ感覚の強度の点で逸脱がある
とはいえ(例えば、ホ長調は白みがかった月の色)、ほとんど正確にスペクトルの秩序を持って進む。
変ホ調や変ロ調の場合、スペクトルに占める場所はない。これらの調性は、スクリャービンによれば、
漠然とした色であるが、はっきりとメタリックな色彩が現れている。
参照 野原泰子 「A.スクリャービンの≪プロメテウス≫作品60―色光ピアノパートに基づく構造と解釈の研究」